　え～、大の月の月末３１日は言わずと知れた「余一会」。そういっても、知ってるのは寄席ファンだけですが。つまり、上席、中席、下席と１０日ずつの興行を月に３回やってる東京の寄席では３１日は１日「余っちゃう」のです。だからといって「３１日は寄席の定休日」という法律もないし、年末以外は休まないのが建前ですから、いろいろと特別興行の企画があって目が離せません。
　
　新宿末広亭十月の余一会は２年前に亡くなった二代目神田山陽先生の「三回忌追善興行」と銘打って、故山陽一門の所属する落語芸術協会（芸協）の幹部が応援出演し、にぎやかな顔ぶれで昼夜の特別興行が行われました。事前に友人から届いた番組表を眺めるうちに昼夜ぶっ通し（入れ替えなし）の体力勝負を挑む決意が徐々に固まってきました。(左は末広亭特別興行の番組表紙です）

　１２時の開演に間に合わせて並んだお客さんの列にくっついて入場すると早くも満員状態。山陽一門の熱心な集客（私の友人も一門の幹部から頼まれたという）と故人のお人柄を慕うファンの心が上手く結びついたものと見えました。まずは当日、昼夜のデータから。

データ：

平成１４年１０月３１日（昼の部）　新宿末広亭

演芸	出演者	演目	備考 (上がり時刻）
前座	神田京子	挨拶のみ	12：00
講談	神田ひまわり	「笹野権三郎：海賊退治」	12：02
講談	神田陽司	「競走馬物語」	12：18
講談	神田愛山	「太閤記：秀吉の歌修行」	12：32
講談	神田昌味	「中江兆民」	12：45
講談	神田　茜	「おばさん誕生」	13：00
俗曲	桧山さくら	四季節、字余り都々逸ほか	13：15　うめ吉（踊り）
落語	春風亭柳橋	「強情灸」	13：35
講談	神田松鯉	「谷風の情相撲」	13：45
漫談	ローカル岡	「世相あれこれ」	14：00
立体講談	女流講談師大勢	名場面集	14：15
お仲入り			14：45
ビデオ	二代目山陽		15：00
太神楽	鏡味正二郎	まり、傘、ほか	15：15
落語	春風亭昇太	「ストレス」	15：20
講談	神田　紫	「お富与三郎：出会い」	15：25　踊り（女流3人）
落語	桂　文治	「あわてもの」	15：50
主任	神田山陽	「和田平助：鉄砲斬り」	16：02　　終演：16：25

入り　　開演時　１階席満員　　お仲入り時　２階まで満員　

　追善興行ということからこの日は当然講談が主役、神田山陽一門が前座にいたるまで総出演ということで、まずは前座の京子が「ご挨拶」のみの出演から始まった。ネタを読んだひまわりから新作講談の茜まで講談が五席並んだ。一人ずつの持ち時間は通常の講釈席の場合の半分だが、それぞれ亡き師匠の思い出を添えて持ち味を披露していた。この日の密かなお目当ては次に出てきた俗曲の桧山さくらさん。学生時代に寄席でよく聴いていたが、近頃見ないと思っていたら、病気でしばらく寄席に出ていないとのことだった。それが今年になって、寄席復帰とのうわさを耳にして楽しみに待っていたが、ようやく叶ったという次第。予想はしていたが、妙齢の品のよい高座姿であったのがそのまま年齢を加えて、板付き（幕を下ろして高座に座った状態）で椅子に掛けての姿で再会した。「しばらく寄席に出てなかったのであまりお話は出来ませんが、２つ３つ唄ってみます」と断って、楽屋から弟子のうめ吉が運んできた三味線を手にとった。初めは「春はうれしや・・」で始まる四季節を夏、秋、冬とひととおり、次に「字余り都々逸」を２つ、さらに「お座敷相撲甚句」をやってから「うめ吉さん、踊ってちょうだい」と声を掛けて、「奴さん」で締めた。身体は少し不自由そうなものの、声には張りと艶があり、昔の高座を思い出して懐かしかった。

　間に挟まって、柳橋の落語は「強情灸」、講談に挟まるとなんだか落語がとても気楽に聴ける。仲入り前の目玉は女流総出演で故山陽が発案したという立体講談。掛け合いでそれぞれの役を受け持ち、芝居がかりの動作が楽しい。仲入り後は先代山陽のビデオを今年襲名した新山陽の解説で。得意にしていた「青龍刀権次」など懐かしい高座が再現された。紫の講談のあとには陽子、紅の2人が加わって、かつての三人娘が順に踊りを披露。紫「かっぽれ」、陽子「深川」、紅「桃太郎」と大サービス。新山陽の講談で昼の部終演。

平成１４年１０月３１日（夜の部）　新宿末広亭

演芸	出演者	演目	備考 (上がり時刻）
前座	神田紅葉	「佐野源左衛門駆けつけ」	16：43
前座	神田きらり	挨拶のみ	16：47
講談	神田阿久鯉	「宝井基角」	16：49
講談	神田山吹	「奴の小まん：生い立ち」	17：00
講談	神田陽之助	「宮本武蔵：狼退治」	17：15
講談	神田　すみれ	「わんぱく竹千代」	17：32
俗曲	松乃家扇鶴	木遣りくずし、都々逸、ほか	17：45
落語	三笑亭笑三	「漫談：結婚式スピーチ」	18：00
講談	神田　紅	「松井須磨子」	18：15
漫才	東京太・ゆめ子	「食べ物あれこれ」	18：30
立体講談	女流講談師大勢	「南部坂雪の別れ」	18：45
お仲入り			19：00
ビデオ	二代目山陽		19：15
奇術	松旭斎八重子	ロープ他	19：35
落語	三遊亭小遊三	「替り目」	19：45
講談	神田陽子	「カルメン」	20：04
落語	桂　米丸	「改札風景」	20：15
曲芸	ボンボンブラザース	輪投げ、紙立てほか	20：27
主任	神田松鯉	「出世の小団冶」	20：40　終演：21：00

入り　　開演時　１階席満員　　お仲入り時　２階まで満員　終演時　８5％

　夜の部も前座の顔見世からスタート。講談師６名登場の後、俗曲の扇鶴は初めて聴いたが面白かった。ことば尻をわざとはねてちょっとおちょくったような唄い方だが、音曲を聞きなれている耳にはそれほど違和感がなかった。しかし、普通のお客にはちょっとわかりにくいかもしれない。「木遣りくずし」、「都々逸」、「ストトン節」、「ドンドン節」、ドンドン節というのは例の「駕篭で行くのはお軽じゃないか、わたしゃ売られて行くわいな・・」というあれである。三笑亭笑三は機嫌のよい漫談で客席が大いに沸いた。紅の演目は正調鹿児島弁で師の山陽に誉められたという「松井須磨子」をきっちりと。続いて登場した漫才の東京太は「もう帰ろうよ」の鈴木千代若の弟子であった。以前はたしか京次という相棒と出ていたが、いまのゆめ子とは夫婦とのこと。仲入り後の講談では陽子の「カルメン」が面白く、米丸の定番ネタはIT時代に合わせての現代バージョンで相変らずの明るい高座。ボンボンブラザースの神業的な文字通り細長く切った「紙」を鼻に立てての曲芸には凄みさえ感じられた。主任の松鯉師が芝居の世界を扱った出世講談でしっかりと締めて、追善興行は大成功というところ。

　あとがき：
　途中で飽きるということはありませんでしたが、昼夜通しで椅子席に座りつづけるのは疲れます。その証拠に夜の部主任の松鯉師の演目メモの文字が乱れていて途中までしかわからないということになってしまいました。上のデータ表にちゃんと「出世の小団冶」と書いてありますが、これを思い出すために話の内容を頭の中で再現するのにずいぶん時間が掛かりました。思い出して今はほっとしています。一日、講談を存分に味わい、落語の価値を見出し、色物を楽しむことができたのはまことに贅沢な時間でした。