はじめに
　　オーストリアの東南端、ウィーンから南南西、時計の針で７時の方向にグラーツの街があります。日本ではめったに名前を聞きませんが、オーストリアの中ではウィーンに次いで第２の人口をもつ由緒のある街です。ウィーン、ザルツブルク、インスブルックといったおなじみの街を巡る旅の中で立ち寄ったグラーツの印象をご紹介します。
　グラーツの名前を知ったのはいまから３０年ほど前、当時関心を持っていた技術領域の国際学会の開催地として記憶していました。グラーツは大学と学問の街でもあります。

１．グラーツへの旅
　今回、オーストリアへの旅を思い立った時に、改めて地図でグラーツを探してみました。ウィーンから南へ下ってスロベニアへ向かう鉄道の沿線にグラーツの名前があります。途中で目を引くのはセメリングという小さな駅があることです。鉄道の好きな方はきっとその名をご存じだと思います。１８５４年に世界で最初に造られたアルプス越えの鉄道が「セメリング鉄道」で、いまは世界遺産になっています。そのセメリング鉄道を通ってオーストリアの旧都グラーツを訪ねるのも楽しみになってきました。
　ウィーンに数泊した後、グラーツへ向かいました。ウィーン市内には主要な駅がいくつかあります。いままで南に向かう列車はすべて南駅から出ていたのですが、現在工事中のためグラーツ行きはマイドリング駅発となっています。ウィーンの主要な駅の間は地下鉄で結ばれているので容易に移動できます。　

２．セメリング鉄道を走る
10時過ぎにマイドリング駅を出た特急列車はしばらく平地を走りますが、１時間ほど走ったあたりから急な山登りにかかります。この辺からセメリング駅をはさんでミュルッツシュラークまでの約30分、距離にすると41.8ｋｍが世界遺産の区間だそうです。旅行ガイドで推奨されていた進行方向左側の座席を予約していたので、カーブを繰り返して、アーチ形の橋をいくつも渡って行く車窓の風景を大いに楽しむことができました。右の写真は何枚か撮った中でいくらか雰囲気の出ている１枚です。
　列車は峠を越えるとさらに南へ向かって川に沿った谷あいを進んで行き、１２時半過ぎにグラーツ駅に着きました。

３．グラーツの街を歩く
　グラーツの駅は多くのヨーロッパの古い街がそうであるように、旧市街から少し離れています。予約してあった駅前のホテルに荷物を預けて、駅の地下から出ている路面電車に乗って旧市街へ出掛けました。街の中心を流れるムーア川に架かるハウプト橋を渡ると間もなく右手に市庁舎が見えてきて、その前のハウプト広場が街の中心です。停留場のそばのカフェで昼食を済ませてから、広場を中心にして伸びている街路を見渡しました。南の方向に少し行ったところの案内所で街の地図を手に入れて少し歩くと噴水のある広場にはひと目でそれとわかる三位一体の塔が立っています。オーストリアの街でよく見かける三位一体の塔と呼ばれる記念柱は多くの場合にペストの流行が収束した時に建てられたと聞いています。ハウプト広場に向かって戻りながら教会や古い街並みを味わいました。

４．シュロスベルクと時計塔
　グラーツの街のどこからも見えるシュロスベルクは文字通り、かつて難攻不落を誇った「城山」の遺構です。ハウプト広場から路面電車でムーア川に沿って北に向かうと間もなくシュロスベルク・バーンというケーブルカーの駅に着きます。そこからケーブルカーで一気に登った城山はグラーツの街が見渡せる格好の展望台です。ケーブルカーの頂上駅のそばにある鐘楼からグラーツの街並みを眺めた後、下から見上げた鐘楼の石組みの堅固な作りに往時の城壁の姿を想像し、強く印象に残りました。

　鐘楼と並んでシュロスベルクに残るもうひとつの遺構が時計塔です。そのユニークな姿がグラーツの街のシンボルとなっている時計塔は城山の端にそびえています。東西南北の四面に大きな時計を持った時計塔は市内のどこからも見えるので今も大いに役立っています。長針と短針が逆になっていて、長針が「時」、短針が「分」を表しているのが特徴です。ちなみに写真撮影時の時刻は「午後３時７分」で、デジカメの撮影データと一致していました。

　　時計塔からケーブルカーの山頂駅に戻る途中に眺望のよいビアガーデンがあります。セルフサービスのレストランは木陰に寛ぐ人々で賑わっていました。シュロスベルクから見下ろしたムーア川の両側に広がるグラーツの街の整然とした佇まいが心に残りました。

５．グラーツを離れて
　駅前のホテルは朝食がとても美味しくて、特に焼きたての小ぶりなパン(ブレートヒェン)を今でも懐かしく思い出します。翌朝、次の目的地インスブルックへ向かうために9：45発の列車に乗ろうとして案内板にそれらしい列車の行く先はチューリッヒと表示されているのを見て一瞬戸惑いました。これからオーストリアを東から西に縦断して午後３時半にインスブルックで私たちが下りた後、さらに西へ進む列車は朝のグラーツから９時間半かけて夕方の７時過ぎにスイスの街、チューリッヒに到着することがわかりました。
　EC（オイロシティ）と呼ばれる快適な国際特急列車でグラーツを離れた私たちは緑の谷間を縫うようにして進む窓の景色を楽しみながらチロルの街、インスブルックを目指しました。